福島晋一選手 ツール・ド・ブルネイで総合優勝!


IRCがサポートしている「トレンガヌ サイクリングチーム」に所属する福島晋一選手が、9月7日から11日まで5日間行われたツール・ド・ブルネイで最終日に逆転総合優勝できました。
また、マレーシアのチームメイト 3人が第2,3,4ステージで優勝致しました。
以下、福島選手のレポートです。
使用タイヤ:Formula pro tubeless RBCC


☆ツール・ド・ブルネイ
このレースは6月の開催が予定されていたが延期になり、9月になった。
この国には以前から興味があったのは、お金持ちがいっぱいいる国と言う世界の羨望のうわさをうのみにしての事であり。
果たしてそれは本当なのか?と言うのも確かめたいとき気持もあった。
さて、日曜にタイムトライアルチャンピオンシップを走り、ブエルタの解説をしてクアラルンプール経由でブルネイに入った。
「就職すると、ベンツがもらえる」と一緒にブエルタの解説をしたサーシャさんが言っていたが、迎えに来た車は普通にぼろい車だったので安心した。
ご飯もいしいという話だったが、ホテルは悪くないが飯は種類が少なくおかずも4種類ほどしかない。
「なんだ、結構庶民的な国なんだな」といのが今までの印象だが、この後度肝を抜いてくれる事件はあるのだろうか?


☆第1ステージ(Bandar seri begawan-luala belait 149km)
8時に起きて、9時半にホテルを出てから11時まで近くのスタート地点で時間をつぶした。第一回の開催とあって、オーガナイズもぎこちない。
11時のスタート時間も、ちょうど酷暑が始まるころでスタートしてアタックしている間も、なんだか呼吸が暑い。体も移動から慣れていない。
東南アジアのレースでは自分は第1ステージ良かったためしがない。
力をセーブしながら走るがチ-ムメイトの動きが悪く、結構脚を使わされる。
ラマダン明けであまりきつい練習をしてこなかったとのこと。成績はなかったが自分は毎週レースを走ってきた。そろそろ、成績を出さなくてはならない。
果てしないアタック合戦のあとに20人ほどの先頭集団にマットアミンと一緒にいた。
だんだんと脚が攣りかけてきたころにアタックがかかり、6人の逃げに乗った。
乗らないといけなかった(誰も乗っていなければ追わねばならない)から、乗ったのはいいが意識はもうろうとしている。
人数が少ないから回らなくてはならず、なんとか誤魔化し誤魔化しながら残り2kmまでまとめて行ったがそこでかかったアタックに遅れてしまった。
25秒遅れの7位でゴール。後ろの集団は2分差がある。総合をあげるチャンスはまだ来ると思う。


ステージ優勝はトレンガヌ出身のアディック。
去年マレーシアチャンピオンの彼はツール・ド・コリアでステージ優勝するなど強くなってきている。2位はタブリスのイラン人。
タブリスは4人しか来ていないから、今日リーダーにならなくてホッとしているかもしれない。
明日はマレーシアチームがコントロールしなくてはならないが、彼らにとってもきつい一日になりそうだ。
自分は走っているうちに調子が上がってくる筈なので、明日から平常運転でいけるかな?


☆第2ステージ(Kuala belait-totong 142km)バスで1時間半の移動後スタート。移動中にフランス映画タクシー2が流れる。久々に聞くフランス語が心地よい。
英語よりもフランス語尾の方がネイティブの会話が聞き取りやすいのは、ただ聞きなれているだけではなくて。フランス語は大事なところをアクセントをつけるだけではなくてゆっくりと話すからではないかなどと考えながら聞いた。
前に座っていたベトナム人が大盛り上がり。彼らとは英語では会話が出来ないが、元フランス領だからフランス語が分かるのか?などと考えても見たが、おそらく話さないだろう
スタート30分前に会場に着き缶コーヒーを飲みながらスタートを待つ。それにしても、ツール・ド・ランカウィを見ているからか多くの人に声をかけられる。
彼らにアタックするイメージが焼き付いているらしく、今日も行ってくれと言われるが昔は康司と二人「フクシマ」が居たからいつも逃げていれたけど、今はそういう走りはなかなかきつい。と説明するのもばからしいので、「行くよ!」と答える。
寅さんは失恋しなくちゃならないのと同じだ。
レースがスタート。
ママが乗った逃げが決まった。


今日は彼でスプリントを行く予定だったのに彼が逃げてしまってはこっちは仕事がない。逃げ切る事を願っていたが、中盤の山岳地帯を越えたころに捕まってしまった。しかも、前に2人まだイラン人とウズベキスタン人が逃げているようだ。
そこまでコントロールしてきたマレーシアチームもペースが上がらずこのままでは逃げ切られてしまう。残り30km、差は3分。ギリギリのタイミングだ。
ローテーションに協力することにした。残り5kmで逃げを捕まえて、スプリントに入る。
最後の1kmのコーナーを先頭で入ったがコーナーのインに突っ込んできたタイ選手がそのまま駐車場に突っ込んでいき、自分もコースアウト。転ばなかったので、そのまま走った。
アヌアとママがいい位置につけている。ガッツポーズは青系のジャージだと思ってがっかりした。ゴール後、アヌアが「グッドジョブ」と言ってきたので、「何が良かったのか」もしかしてと思っていたら、どうやらアヌアが優勝したらしい。
彼は練習不足でかなり太っており、今日も一生懸命ボトルを運んでくれた。スプリントもママのアシストをしていたら、残り300mでママが「アヌア、脚が攣ったから代わりにスプリントしてくれ」と言ってきたので代わりにもがいて勝ったそうだ。
彼は天才だ!
総合は変動なし。


☆第3ステージ(Tutong-tutong 86km)
今日は朝から雲曇り空だ。暑くないのが嬉しい。昨夜、現地ガイドのキャロル君に失礼な質問だけど「ブルネイの人は働かなくても暮らせるのか?」と聞いてみた。確かに所得税はないが、働かないと食べていけない。
「就職するとベンツがもらえるって本当?」
それは、ミニスターだけだ。
「おもな産業は?」
みんな、政府に働いている。
これでなんとなくイメージ的に国営の企業が石油の発掘をしていて、そこでみんな働いている国なんじゃないかというのが僕の今の結論だ。
さて、レースはスタートしてから雨が降り始める。
マレーシアチームがハイペースでコントロールするがアタックが絶えずかかり、後半にはマレーシアチームは影を潜めアタックが繰り返される。
自分も久々に調子よくアタックを連発するが、残り10kmまで集団はそのまま。そこで、チームメイトを前に集めて集団をスプリントに向けてコントロールすることにした。
おもに、トレンガヌチームが中心になり前を引いていると前に入ってきたオーストラリアチームの選手がペースをあげた。面倒くさいのでついて行くと、2人で抜け出した格好になった。
残り2km。
自分が逃げている間他のチームに追わせればみないい位置でスプリント出来るから全開で踏むと一人になった。残り1kmで3人が追いついてきた。
その3人をうまく使って、残り200mまで距離を稼ぎそっから満を持してのスプリント。
優勝を目の前にした50mにチームメイト2人に抜かれて、最後にイラン人に刺されて4位でゴール。
トレンガヌチームのワンツーフォーフィニッシュだ。1位はハリフ選手(ニックネームがママ)。2位がアヌアマナン。
総合に変動はなかった。
自分の後ろでも残り1kmで列車を組んでいい感じで2人を発射したらしい。
このレベルでしっかり練習することで更に大きなレースでも連携できる。
夜に皆で外食に行った。
すこし、ここの飯にも飽きてきていたころなので、ナシゴレンがうまかった。そろそろ、マレーシアチームが崩壊しそうだ。
調子も上がってきたので明日は総合アップするチャンスが来ればつかみたいと思う。


☆第4ステージ(Tutong-bandar seri begawan 104km)
今日は総合逆転をかけてアタックしたが常に高速道路のような広い道とタブリスチームの追撃によって抜け出せず。
逆に逃げに乗ったマレーシアチャンピオン MAT AMIN(通称マッパリ)が最後2人のスプリントスプリントを制してステージ優勝。
3位争いのスプリントもチームメイトと列車を組んでママがステージ3位。アヌアが5位。今日も上位を独占しました。
結果的に他のチームがマレーシアナショナルチームを助ける形になってしまったこのレース。レース後、イランのタブリッツチームに「どうして、俺をまっさっ先に追ってくるんだ?マレーシアチームの追わせてカウンターで行けばいいのに」というと
「俺は福島は抜け出して1分離されたら追いつけないと皆に行っているからだろう」という。
たしかに、昔はそうだった事もあったかもしれないがそれは最高に調子が良かった時の話。随分誇張されているのも確かだ。
なので、明日はちゃんとマレーシアチームに追わせて一緒に行こうと話を合わせておいた。果たしてどうなるか楽しみだ。優勝したマッパレはマレーシアナショナル選手権は勝ったがUCIの優勝は初めて。とても嬉しそうだった。
最近、チームナソン(タイ合宿組)が調子がいい。
今回のステージ優勝3人も、タイ合宿に来ていたし、崇史も優勝。幸平、星矢もMTBで活躍している。
俺も続くぞ!


☆第5ステージ(Bandadr seri begawan circuit 29㎞*5周=146km)
スタート前に監督に無理言って新しいゼッケンを取りに行ってもらった。前のゼッケンもまだ使えるがあるものは使っておいた方がいい。
スタート前カフェでゼッケンを張りなおす。暑くなりそうだが随分いい気分だ。まるでランカウィのスタート前みたいだなと思いながら、スタートラインに立った。
ヘルメットの後ろに濡らしたタオルをはさんで後頭部を守る。常に水をかけながら走る事で随分違ってくる。
ホイールは他の選手は皆、ディープリムだが自分はシマノのC24にチューブレスのタイヤ。空力学的にはエアロではないかもしれないが、固くてIRCチューブレスのタイヤとの相性がいいので自分は好きだ。ツール・ド・コリアも全ステージこれで行った。
今日は一発で仕留めるのが目標だ。昨日はアタックしすぎて駄目だった。
序盤、2人逃げる。
このままでは、昨日奪われたママのスプリントジャージを奪回できない。スプリントポイントの20km前から前を引いて、2周目のゴールに設定されたスプリントポイントのギリギリ前で2人を捕まえる。
そのまま列車から発射されたママは1位通過して、ポイント賞を確定した。
残り2周の折り返し地点の山岳賞でタブリッツチームが強烈なペースアップを図った。
集団はばらばらに、
総合上位はそのペースアップに食らいついているが、集団の中盤にいた自分は少し出遅れる。遠ざかるトップ集団を見ながら、
「追いつかないとやばいなあ」と思いながら踏んでいた。総合3位につけるウズベキスタンの若者が僕の前で必死に踏んで前に追い付いてくれた。
「今だ!」
カウンターで強烈にアタックするとタブリッツのスプリンターがついてきた。彼はローテーションを最初から拒否。総合で2分遅れる彼が引かないのは仕方がない。
とにかく、後ろを離せばけん制が入るかもしれない。まだ、1周半(45km)ある。遠いが行くしかない。
前を単独で逃げていた、バス(タイナショナルチーム)を吸収する。やっと一緒に引いてくれる人間が現れた。
残り1周の鐘を聞くときには、差は1分に広がった。そこにスプリントポイントが設定されていて、秒差を獲得できる。暫定リーダーだが、暫定では意味がない。タブリッツの選手が刺してきて、2位通過2秒獲得。この秒差で総合6位に上がれる。
そこから15kmの向かい風が長かった。
補給をこまめに取りながら走る。残り20kmでカフェイン入りのCCCを補給した。折り返し地点では差は2分に。総合優勝が見えてきた。
あまりの暑さにくらっときながらも、脚もつらないし、どんどん踏める。苦しいが苦しんだ分だけ進んでくれる感覚。バスもかわれなくなってきた。
残り1kmを過ぎて、スプリントに入る。


バスが残り500mを先行してくれて、スプリントに入った。タブリッツの選手をさせずに2位でゴール。久しぶりの表彰台はブルネイ国王からの授与で随分形式ばったものでした。
アヌアのステージ優勝に始まったツール・ド・ブルネイの快進撃。ママ、マッパリとステージ優勝して、最後に自分の総合優勝で幕を閉じた。
この勝利を8月6日にがんで亡くなった友人、斎藤哲郎君に捧げます。彼は学生時代 東大の自転車部で友人でありライバルでした。彼も天国で喜んでくれていると思います。
次は北海道です!